みなさん、アルシンドさんって覚えてますか?
1993年のJリーグ開幕時、ジーコと一緒に鹿島アントラーズに加入したブラジル人FW
Jリーグ黎明期のスーパースターですね!
開幕戦でいきなり2ゴール決めちゃって、ジーコのゴールもアシストするっていう完璧なデビューだったんです!
当時の日本サッカー界は河童頭の若禿が話題になったりして、プレーだけじゃなくてビジュアルも含めて大注目の選手だったんですよね。
今回は久しぶりにテレビ(しゃべくり007)で見かけたので
・アルシンドさんのJリーガー現役時代の年俸について
・現在のサッカーとの関係、意外なキャリア転向した姿
に注目しました。
アルシンドの年俸はいくらだった?
さて、気になるアルシンドさんの年俸なんですが、これがJリーグ創成期としてはかなりの高額だったんですよ。
正確な金額は公式発表されてないんですけど、当時のJリーグの外国人助っ人の年俸ランキングを見ると、アルシンドさんクラスの選手は推定で1億円から2億円くらいだったと言われてるんです。
ちなみに同時期のリネカー選手は3億円、カカウ選手も3億円という超高額年俸。
アルシンドさんは鹿島で71試合50ゴールという驚異的な記録を残してるんで、費用対効果は抜群だったと思います!
その後ヴェルディ川崎に移籍したときも、金銭面での待遇改善を求めてたって話があるくらいですから、選手としての価値をちゃんと評価してもらいたいっていう姿勢があったんでしょうね。
アルシンド、現在は何してる?
引退後のアルシンドさん、実はブラジルに帰国して父の農場経営を引き継いでるんです。
ブラジル南部の大農場で、大豆やトウモロコシを栽培する悠々自適の生活を送ってるそうですよ。
サッカー選手からいきなり農業経営者って、すごいキャリアチェンジですよね!
でも日本のことは「第二の故郷」って感じてくれてるみたいで、2011年の東日本大震災のときにはジーコの呼びかけでチャリティーマッチに参加してくれたり、カシマスタジアムでの震災復興イベントにも来てくれたんです。
長男のイゴールさんと一緒にピッチに立つ姿は、本当に感動的だったでしょうね。
2013年には「Jリーグ20周年アニバーサリーマッチ」のセレモニーにも登場して、ファンに往年の姿を見せてくれました。
現在は農場経営に専念しながらも、たまにサッカー関連のイベントに顔を出してるっていう感じみたいですね。
ん~時間の流れを感じさせてくれますね(笑)
おだやかで優しそうなおじちゃんって感じですね。
アルシンドといえば「友達ならあたりまえ!」
サッカーファンじゃない人でもアルシンドさんを知ってるのは、やっぱりアデランスのCMの影響が大きいですよね。
「アルシンドになっちゃうよ!」「友達ならあたりまえ」っていうフレーズ、当時すごく流行ったんですよ。
ペプシや日清のCMにも出演して、完全にお茶の間の人気者になってました。
鹿島のソバ屋では「あるしん丼」っていう料理まで売られてたっていうんだから、その人気ぶりがわかりますよね。
プレーヤーとしての実力もさることながら、人懐っこい性格と独特のキャラクターで日本のファンに愛されたんです。
1994年にはソニーレコードから「アルシンドの大冒険 フォルツァ/カンプ」っていうCDまでリリースしちゃってますからね。
本当にマルチな活躍をしてた選手だったんです。
アルシンドの家族について
アルシンドさんの家族関係もなかなか興味深いんですよ。
長男のイゴール・サルトーリさんもプロサッカー選手で、2011年には父と同じ鹿島アントラーズでプレーしてるんです。
親子2代で同じクラブに所属するって、すごくドラマチックですよね。
そして驚きなのが、2023年の情報によると、アルシンドさんは55歳で再婚して、なんと孫より年下の娘さんが誕生したんだそうです!
前妻との間には2人の孫がいるのに、新しい家族が増えたっていうのは人生の大きな転機ですよね。
現役時代から家族を大切にするタイプだったアルシンドさんらしいエピソードだと思います。
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まとめ
アルシンドさんは、Jリーグ黎明期に鹿島アントラーズで大活躍して、年俸も推定1億円から2億円という高待遇を受けながら、期待に応える活躍を見せた本当のスーパースターでした。
CMやメディア出演で日本中の人気者になって、サッカーファン以外にも名前が知られる存在だったんです。
現在はブラジルで農場経営をしながら、新しい家族との生活を楽しんでいるとのこと。
日本のことは今でも大切に思ってくれていて、震災支援やJリーグ記念イベントには駆けつけてくれるっていう、本当に義理堅い人なんですよね。
アルシンドさんの活躍があったからこそ、今のJリーグの土台ができたって言っても過言じゃないと思います!

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